【円陣インタビュー】誰もが「できない」を「できる」に変えられる街へ。

東広島市が主催する、社会課題解決プロジェクト「円陣(Enzin)」。ここで、「障がい者と健常者が共に暮らせる地域社会」という大きなテーマを掲げ、一歩ずつ、そして温かく活動を続けるプレイヤーがいます。
竹前 康雄(たけまえ やすお)さんです。竹前さんは、ご自身で立ち上げた団体「結輝の会-Yuuki」での活動実績を持ちながら、なぜ今、あえて「円陣」というプロジェクトに挑むのか。その背景には、愛するご家族との壮絶な原体験と、東広島という街への深い愛情がありました。
「障がいという言葉をなくしたい」。その言葉の裏にある真意に迫ります。

【原体験】フードコートでの衝撃。「あんなもの」ってなに?
「この活動を始めた一番の理由は、ある日のフードコートでの出来事でした」
竹前さんは、活動の原点を静かに語り始めました。竹前さんには、世界でも症例が少ない「コフィン・シリス症候群」を持つ2人のお子さんがいます。
知的障害や発育の遅れ、手足の小指の爪の形成不全などを特徴とする先天性の希少疾患。国指定の難病でもあります。
ある休日、家族でデパートのフードコートで食事をしていた時のことでした。お子さんは医療的ケアが必要で、ボトルに入った栄養剤をチューブで体に送る「胃ろう」という方法で食事をしていました。すると、近くにいた小さな子どもが、そのボトルを見て純粋な興味で近づいてきました。
竹前さんが答えようとしたその瞬間、その子の親御さんが飛んできて、子どもの手を強く引っ張りながらこう言ったのです。
その言葉は、竹前さんの胸に深く突き刺さりました。「あんなもの」とは何なのか。自分の子どもはただ、生きるためにご飯を食べているだけなのに。まして他の人に危害を加えているわけでもないのに。「ちょっと待て」と言い返したい衝動に駆られましたが、竹前さんはそこで踏みとどまりました。
竹前さんはふと我に返りました。
「その親御さんにとっては、それが正解の行動だったんです。悪気があったわけじゃない。ただ『知らない』から、どう接していいか分からず、見てはいけないものとして遠ざけただけなんだ」と。
知らないから、怖い。怖いから、遠ざける。
「この『無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)』をなくすには、ただ講演会で話を聞くだけではダメだと思いました。共に遊び、同じ時間を過ごし、自然と混ざり合う体験が必要なんだと」
それが、竹前さんが「遊び」を通して障がいの有無を超える活動を始めた、決定的な瞬間でした。

【円陣での実践】「怖い」が「怖くない」存在に変わる。子どもから教えてもらった日。
「知るためには、混ざるしかない」
そう決意した竹前さんは、円陣の活動を通じても、様々なイベントを企画・開催してきました。そこには確かな手応えと、新たな気づきがあったそう。円陣プレイヤーとして活動する前から開催していた「芋掘りイベント」でのこと。3回連続で参加してくれた小学4年生の女の子がいました。最初は障がいのある子を怖がっていたんですが、一緒に泥だらけになって芋を掘った後、竹前さんにこう言ったのです。
「おじちゃん、私、学校では話さなかったけど、障がい者と一緒に遊べるんだね。私、障がい者怖くなくなったよ。」


この言葉こそが、竹前さんが解決したい社会課題のゴールでした。最初は「あんなもの」や「怖い存在」だったのが、一緒に汗を流せば「一緒に遊べる仲間」になるのです。
一方で、難しさも痛感しました。先日開催した「福祉について語ろう会」では、福祉関係者が中心の集まりとなりました。嬉しい半面、「福祉」という言葉が一般の方にはハードルを感じさせてしまったのかもしれません。
「専門家だけで語っても、街は変わらない。福祉に関心がない人たちとも混ざり合わないといけない」
この気づきは、竹前さんの中で「もっと自然に、誰もが参加できる仕組みが必要だ」という確信に変わっていったそうです。


【円陣への想い】一人じゃ限界だった。「生きる力」を育てる場所へ
イベントで「心の壁」は壊せる。でも、その先にある子どもの「自立」や「生活」を考えたとき、竹前さんは個人の活動における限界を感じていました。
「僕一人の知識ではどうすればいいか分からず、立ち止まってしまったんです」
そんな時、円陣のつながりで視察に訪れた山口県の施設「リトルシーカーズ」で衝撃を受けました。そこでは、子どもたちが施設内専用の通貨を使って、自分でおやつを買っていたのです。
「大人の決めたおやつを与えるだけの福祉は、選択肢がない。子どものうちから『働いて対価を得る』喜びや、『自分のお金で選んで買う』経験が必要なんです」
「障がいがあるから何もできない」のではなく、「仕組みがあればできる」。円陣で出会った仲間やメンターからの刺激は、竹前さんの構想を「生きる力を育む居場所」へとアップデートさせました。一人では終わっていた活動が、社会を変える事業へと進化し始めたのです。

【未来に向けて】僕がいなくなっても笑っていられるように
竹前さんが目指すのは、誰もが「できない」を「できる」に変えられる街です。インタビューの最後、竹前さんは真っ直ぐな瞳で語ってくれました。
「彼らが将来、僕たちがいなくなっても寂しくない社会にしたいんです。障がいがあってもなくても、地域のみんなが声をかけ合える関係があれば、誰も孤独にならずにすむから。」
竹前さんの原動力はご自身のお子さんへの深い愛情ですが、その愛は今、東広島の子どもたち全員を守る大きな「円陣」へと広がろうとしています。10年後、自分たちで稼いだお金で好きなものを買い、笑い合う声が響く街へ。竹前さんの挑戦は、そんな温かい日常への第一歩なのです。



